2014年5月21日水曜日

メモの意義


就職活動をするようになって、メモをとるようになった。

しかし、メモや手帳の意味はどこにあるのか。
それはつまりシンプルに、メモが"忘れないため"にするものであって、"憶えておくため"にするものではないということである。

ふたつとも同じ意味に聞こえるかもしれないが、それは違う。

メモ書きというものはあくまで、メモ書きでしかなく、メモに書いた内容がそっくりそのまま頭に入っているわけではないと言いたい。

メモは外部記憶のためのツールなのだから当然と思うかもしれない。
だが、ここで言いたいのは、メモが無用だとかいう話ではなく、メモを見て結局頭に入れないといけない、という話だ。

もちろん、メモを体裁上使うということもあるかもしれない、努力を示すポーズとして。

だが、実用的にメモを使おうと思えば、なんでもかんでもメモしていては意味がない。
なぜなら、何かを組み立てるとき、一時的に頭に情報を入れておく必要があるので、ひとつ見てひとつ忘れていたのでは、いつまで経っても双方が組み合わさることはないのであるから。

創造性のためには、記憶が必須条件である。
なにせ創作活動は、0から1を生み出すのではなく、やはり1を10にも100にもする活動だと私は考えているからである。

つまり、必死にメモをとっている人をそれだけで評価することは、愚の骨頂だと言えよう。

誰でもできることをしないのは愚かだと言う人もあるかもしれない。
だが、誰でもできることにそれそのものの価値などないのである。

メモをとる人よりもメモを活かす人にならねばならない。

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