2014年4月2日水曜日

宗教の根本疑念


私は宗教に明るくないけれども、関連する本を読んでいて思うことがある。

宗教のベースは、教えである。
教えは、正しいものである。
正しくおこなえば、うまくいく。

つまり、宗教の教えを知れば、うまくいく。
教えを真理と呼んでいる。

そして過去に教えを説いた開祖?たちは、究極的な知識とカリスマをもって、知恵を布教した。

しかしそもそも、真理などがあるのだろうか。

自分が真理を知っている、という思考は、「無知の知」の逆である。
無知の知とは、古代の哲学者が言った言葉で、自分の無知を知ることがすなわち知者の証であり、つまり真理を知っているのはある側面について全容を知っていると思い込んでいるが、実際そうとは限らないのである。

これを踏まえると、宗教とはいつも、疑いの目をつぶることが始まりなのではないか。
盲目的に信じる必要があるのだ。

その点で科学は、常に疑い続ける。
真理は信じるが、真理にいかに近づくかが重要なのであって、真理を知っているなどと大口は叩かない。

だからどうも、私は科学が好きで、宗教は胡散臭く感じてしまう。

もちろん、科学は慎重過ぎて、物事を複雑にしてしまうこともある。
だが、宗教も、抽象的過ぎて空を掴むような話が多い。

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