2014年6月14日土曜日

片付けができない人


私は片付けが苦手だ。

近年、片付けのできない人が増えているという。

これは、なんの影響かはわからない。

学校教育かもしれないし、家で手伝いをする子供が減ったからかもしれない。
あるいは、テレビやインターネットなど、他の要因が絡んでいるのかもしれない。


だがこういうときはまず、「そもそも」どうなのか考えることが必要だ。

つまり、「そもそも片付けのできない人が増えているのは本当か?」ということ。

別に経験則を見くびるわけじゃないが、大体今は世の中が整理され過ぎてるんじゃないかと感じることもある。

大抵のルールは法律で決まっているし、環境はある程度計画的に設計されている。
進学にしても、勉強のジャンルは緻密に分類されている。

それらはいままでの大人たちが、頑張って積み上げてきたものだが、そもそもがとっちらかった状態だったのだから、整理に対しての基準が違うのではないか、と私は思うのだ。

だがまあ、これについてはデータがないだろうから、水掛け論になってしまうに違いないので無視をして、片付けのできない人について、考えてみよう。

片付けができることについての是非については言うまでもない。
キレイな方がいいに決まっている。

ただ、片付けができない人はなんらかの障害であるというような話まで出ているくらいだから、脳機能と片付けの密接な関連が疑われていると言えるだろう。

さて、片付けができない人とは、一体なんなのだろうか。

私が思うに、片付けができないタイプにも二種類いる。

ひとつは、片付けをしない、とっちらかっているが、どこに何があるか覚えているタイプ。
こういう人は、なんら問題がない。
ただただ物ぐさなだけで、むしろ雑然とした部屋の物の配置をすべて頭にいれているあたり、問題どころか頭がいいとさえ言えるかもしれない。

もうひとつは、片付けをしないし、探し物が多いタイプ。
このタイプは、基本的に周囲に無頓着である。
しかも、想像力もなく、何かを覚えるのが苦手であると推測される。

つまり、片付けをしないのでも、あえてしないのと、できるけどしないのでは大違いということである。

例えば片付けが得意だとしても、ペタペタとラベルを張ってどこに何があるかを覚えていないタイプは、片付けをしないと脳のキャパシティが足りないので補っている部分もあるのかもしれない。

もちろん、自分の能力を補うために整理するというのは大変素晴らしいことだ。

だが、そういう人が片付けしない人を十把一絡げに問題ありとするのはいかがなものかと思うのである。

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