2013年2月22日金曜日

神様を信じるか


この間、家にキリスト教の勧誘の方がきました。
品の良いおばさまだったし、別に押し付けがましくもなかったので、そこそこに話を聞き流してパンフレットだけ受けとりました。

神様を信じるかと訊かれたら、私は信じません。

例えば「隣人を愛せよ」とかってのは、いい心掛けだと思います。
その教えは信じますが、それを説いた人をあがめるようなことはしません。

たとえ立派な人でも、ある側面では正しく、ある側面では間違っているということはあるので、何かを全面的に信じるということはしません。
それが自分で考えることであり、自分で責任をもつということじゃないかなと思います。

仮に神様がいたとしても、私がいいことをしたからいい結果をもたらしてくれるとは思いません。
そもそも神様にみられているからいいことをするわけではないです。
自分が困らないように、あるいは他人を助けたいと思うからするわけです。

第一、私たちは生まれながらにして平等ではないので、残酷な運命を与えている神様に感謝しようとは思いません。

強いて言えば、こうしたらこうなる、という因果だとか、確率の中に神様はいるんだと思います。
それが教えや経験則という形で現れているだけだと思います。
昔の学者が神様を信じたのは、そういった因果法則をたぐりよせることで神様の考えを知りたかったから、というのもわかるような気がしますね。
こうしたらこうなる、というのは科学も宗教も変わりません。

もちろん、いろいろなものに感謝しようとか、そういう考え方は大事です。
でも、神様がそう仰ってるからそうするわけではないです。
何かを信じて取り入れるとき、一度よくその意味を考えなければいけません。

神様を信じるのはいいですが、神頼みをしても救われることはありません。
気持ちの上でそれが支えになってくれるのなら構いませんが、何も解決はしてくれないと思います。

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