2013年10月18日金曜日
執着は敵
物事に対して執着してしまうことはよくある。
私は執着という言葉をネガティブに捉えているかもしれない。
実際の意味はどうだろう。
ネットの辞典によれば、執着とは『一つのことに心をとらわれて、そこから離れられないこと』であるという。
似た言葉に集中がある。
これは『一箇所に集めること』であるが、いまや傾注や専心のように「一つの物事に集中する」という意味合いで用いられている。
これらふたつの違いは、コントロールできるか、だろう。
つまり、集中は自らするものであって、執着は捨てられない心だということ。
似ているようで、ある側面では真逆といってもいい。
何かに文句を言うことは、執着に近い。
文句を言いながらも使いつづける、関わりつづける状態は、理想的ではないながらもしばしば起こる。
これは精神衛生上良くない。
文句を言うというのは、相手になんらかの変化を求める表現行動だ。
つまり、現状得られているものは不満足だが代わりがないので文句を言って改善を望んでいる。
この文句が次に繋がる形で行われると良いのだが、文句を言う人間はえてして自分の立場の弱さを忘れがちである。
そして言動が荒くなる。
文句を言う側に立つということは、すなわち供給される側に立つということである。
他人を拠り所にしなければ目的は達成し得ないのである。
仮に自分で実現できるのなら、そもそも相手の力を借りる必要なんてないからだ。
何かに対して文句をつけるときは、常に自分が弱い立場にあることを、忘れてはいけない。
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