2013年12月7日土曜日
カルマ
インドにはカースト制度というものが今もあるらしい。
人々は四つの階層に分けられ、それぞれ優劣がある。
カーストは生まれによって決まるため、人々は生まれながらにして結婚や職業に関して制限がある。
カーストの根本にあるのは輪廻転生の考え方で、人々は何かが死んだことにより生まれ変わった存在であるとされる。
生まれ変わる前の行いが悪ければ低いカーストに生まれる。つまりカルマを背負って生まれてくる。
生きている間に徳を積めば、次に生まれる時は良い身分に生まれることができるわけだ。
カーストは生まれながら階級を規定する制度だから、いくら宗教的とはいえ差別である。
私たちも親が金持ちなら良い教育を受けることができ、結果として高給取りになる可能性が高いように、学歴格差社会は少しカーストに似ている。
カーストの場合は、例え努力しても現世では認められないのだから、より厳しいといえるだろう。
日本人から見れば、この世界観は不自然に映るに違いないが、誰も否定することはできない。
なぜなら、私たちの死が、本当に輪廻転生の一部であるかどうかは、証明しようがないからだ。
なにせ私たちは前世の記憶をもたないうえ、仮に持っていたとしてもそれが真であると証明することができないだろう。この話は世界が5分前に創造されたという仮説を反証できないことに似ている。
ということは、この制度が成り立つのも成り立たないのも不思議ではないし、真偽ではなく善悪の問題である。
だが以下のように、やめさせるための論理を用意することはできる。
カースト制度は、一生を一単位として見ている。
つまり、一単位の間は身分を変えることはできない。
だが、我々の制度では違う。
一生のうち、一分一秒の間にも、立場は時々刻々と変わってゆく。
つまり、双方の差異は、身分を変えることができる時間なのであって、我々の生きる世界のほうが流動的だと言える。
どうせ善行を積ませるなら、生きているうちに報いが返ってくるほうが嬉しい。
そう考えれば、彼らを我々のルールに引きずり込むことができるかもしれない。
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