2013年12月6日金曜日
ブラック企業は誰のせい
ブラック企業、という言葉が世間でも聞かれるようになってしばらく経つ。
昨年の流行語大賞にノミネートされたし、厚生労働省も対策に乗り出した。
就職活動をする大学生の間では、「あそこはブラックだから」と噂が飛び交う。
若者の話を聞けば、労働環境が悪いからやめた、とまだ勤め始めて数年でやめたという話をよく聞く。
果たして何がブラック企業を産み出しているのか。
そもそもブラック企業とは、どういう会社を言うのだろう。
労基法を守っていない、労働環境の劣悪さ、パワハラ、サービス残業を強要するなどを言うようだ。
つまり、あんまり酷すぎる環境だとダメ、ということらしい。
でも僕はこれに疑問を感じている。
ブラック企業がそれだけ非人間的なことに手を染めるのはきっと理由があるはずだ。
会社の仕事はすべて利益のため、ならば、ブラックな労働の利益はどこへいくのか。
一つ考えられるのは、中間搾取が酷いパターン。
例えば数年前に派遣会社が問題になった。
派遣会社は社員を他の会社で働かせる。
でもよくよく考えれば、別に派遣会社で働く必要はなくて、自分で働く会社に入社すればいい。
というか、そのほうが派遣会社にマージンをとられないから絶対効率いいじゃないか、と思う。
だが、現状そういう雇用形態がある以上、需要があるのだろう。
恐らくは、正社員を雇うより手軽なので、一時期の作業に必要なスキルをもった社員をとっかえひっかえできるのがいいに違いない。
それは逆に、働く側の安定なんて知ったこっちゃないし、使えなければポイすればいいし、という、ちょっと酷い考えが入っている。
これは会社が人材の流動的な確保についていけておらず、昔の正社員システムに引きずられているからとも言えよう。
もうひとつ、ブラック企業の原因としてあまり言われていないのが、人材の能力不足だ。
不況で儲からない、それもたしかにそうかもしれない。
しかし、そもそも会社というのは、人が働いた分の成果が儲けに繋がるはずだ。これは働いた時間の分だけ給与が発生すべきだ、などという暴論ではなく、単純に、働きに見合った給料が払われるべき、という主張に過ぎない。
言い換えてしまうなら、今の人たちは働いた時間の割に利益をだせてないんじゃないの?ということである。
もっぱらブラック企業という言葉は、被害者側が企業に悪印象をもったためにつけられた名前であるが、果たして自省する必要はないのかと言われると、それは違う気がする。
ブラック企業が嫌ならやめればいい…という意見は冷たいように聞こえるだろう。
だがそれも一つの真実だと思う。
働き手がいなくなるのは会社も困る。だが、働けない方はもっと困るから安値で働いてしまう。
しかしながら、そもそも働き口が危ういような人間が、どんどん生産されていること自体が問題なのではないか。
今や大学全入時代と言われることすらなくなったほど、大学に行くのは珍しくなくなった。
しかし、それは若い時間をと労働力をみすみす逃しているに過ぎない。
教育は投資だと考えれば、今の大学の平均レベルは投資ではなく資産を遊ばせているに過ぎない状態のように思える。
そもそも大学と言いながら、底辺の大学では高校内容の焼き増しのようなことをやっているのだから、それは高校のときに済ませておけ、という話ではないか。
人の成長速度が違ったとしても、果たしてそこに長い時間をかける意味はあるのだろうか。
そのうえ、就職の話となれば、企業が求めるスキルと大学での勉強内容が合致しない、という。
そして大学は就職予備校ではない、と言われるわけだが、現状は就職予備校以外の何でもない。
例え研究がしたくても、博士課程まで進むとその後が心配だから、と諦めるものもいる。
そんな中途半端な姿勢を貫いて、若き者の時間をもてあまさせることは、社会に悪影響を及ぼす。
最近言われている、未婚率の増加や晩婚化の傾向の要因として、不況による低収入だけでなく、早くから稼いで貯蓄できないことによる足踏みが挙げられるような気もする。
さらに言うなら、女性の社会進出も悪影響だ。
こんなことを言うと女性から猛抗議を喰らいそうだが、あえて言おう。
稼ぎが苦しいから夫婦共働き、というのは、大変な美談のように聞こえるが、雇用的には人材の価値が上がらなくてまずい。
なにせ働き手が二倍になるわけだから、安値で買い叩かれるのが道理だろう。
つまり、目先の利益を稼ぐために大局的には安い労働を買って出ているような気がする。
それだけ仕事というものの価値があがったとも言えるかもしれない。
さて、ブラック企業の話に戻ると、たしかに労基法を守らないのは悪い。
だが、稼いで食っていけないならより厳しい環境で働くしかないのではないか。
それが嫌なら知恵を絞るしかないのではないか。
それは自然の摂理のように思えないか。
労基法で労働時間を決めたところで、それは逆に、その労働時間で生きていくだけの働きをしなければならない、ということなのだ。
多分独力で生きていけるような能力の持ち主は馬車馬のように働かなくたって生きていけるだろう。
というわけで、私はブラック企業のせいにするだけではなく、人材の教育を見直してほしい、という風に考えている。
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