2012年9月1日土曜日

おしゃべり人間


世の中にはおしゃべりな人間がいますね。
井戸端会議なんて言われるように、奥様がたの話好きは世間にもよく知られた例だと思います。

さて、おしゃべりはいいことなのでしょうか。
コミュ障とかいって人と仲良くすることが求められる時代ですから、当然いいと思うのですが私見を書きます。

私が大学の研究室に属して間もない時分、研究をしていると二つ上の先輩がよく様子を覗きにきたものです。そうした機会に先輩との交流を温められるので非常にありがたく感じていました。
ですが、ある程度月日が流れるようになって、どうやらその先輩のしゃべり好きが尋常ではないことに気づき始めました。私としては作業のため学校に来ていることもあって、先輩の話を聞いてばっかりはおれないけれど、無下にもできないという葛藤に悩まされ始めたのです。

先輩の話の中身が自分にとって興味を惹かれる内容であれば、苦に感じることもなかったのでしょうが、あいにく私は野球にあまり興味がないので、一方的にその手の話題を畳み掛けられる状況に対して困惑を覚えざるを得ませんでした。

そんな時期に、書店で面白い本を見つけました。
その名も、「沈黙入門」。
おしゃべり人間をやめることで、周りに飽きられない、愛想を尽かされない人間になるための一冊です。著者は東京大学出身のお坊さんというちょっと変わった経歴の持ち主です。

中身を少しだけ紹介しますと、そういったおしゃべり人間になると聞いてるほうもストレスが溜まってくるので、必要以上の口数は減らし、特に愚痴に関してはあまりこぼさないようにしようというものです。また逆に、どうやってそういったおしゃべり人間の話の腰をいかに穏便に折るか、ということも書かれています。

私自信の考えでは、話をする、というのは相手の時間をいただく行為ですので、自分にとってよりもまず相手に取って有意義な時間であるべきなわけです。

そう心掛ければ人間関係は良好になります。

また、空間を満たす言葉の量というのには限りがあって、時間が限られている以上、相手も自分も言葉数が拮抗していると感じられることが理想だと考えています。

もちろん押し引きの問題ですから、相手があまり話さなければこちらから話す、と言ったことも必要かもしれません。

しかし、そういった沈黙は、おしゃべりはこれくらいでいいや、という相手からの無言のメッセージである可能性も考えなければなりません。

つまるところ、空気を読めと言う話になるのですが、おしゃべり人間は自分の周りの状況を見るように心掛けるべきです。

人間は寂しいとき、特におしゃべりになりがちです。
ですがそういう態度は控えたほうがいいかもしれません。
相手はそういう気分じゃないかもしれないからです。
そこを気遣うことなくぺらぺら話してばかりいると、余計人から距離を置かれて寂しくなり、悪循環が生まれるということにもなりません。

一番のコツがあるとすれば、会話のピークを見極め、ピークを過ぎてすぐのところで立ち去るということです。

会ったときに飽きるまで話尽くしてしまうと、次に会おうという気が殺がれてしまいますから、少しくらい物足りなさを感じるくらいがちょうどいいと、私は考えています。

実は仏教の教えにも「おしゃべりは慎め」という項目があります。

仏教では集会や交流自体をあまり良いものと捉えていません。

逆に、賢者(聡明な人)と共にする時間はあってもよいとされています。

その理由は恐らく上述のような、限りある時間を大切にするという意味が大きいと思いますが、そんな昔から言われていたなんて、ちょっと意外ですね。

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