2012年9月8日土曜日

女々しさ


ときたま、あの時もう少しああしていれば…と後悔することがある。
例えば入浴中や、寝る前のふとした瞬間に、過去の過ちを想起して、切なくなるときがある。

こうした日常生活のちょっとした隙間に、別れた彼女のことを想っている自分の女々しさに溜め息をつく。

「女々しさ」というのは、男特有の性質である。
女女しいのは男だけだという主張は、少し奇異に感じるかもしれない。
だが、女は女であって、女らしいことはあっても、女々しいということはない。
その点男が少しでも女の顔をのぞかせようものなら、途端に女々しいと揶揄される。

女が男に対して、「女々しい男だ」というのはちょっと不思議だと思う。
女々しいというのは、女っぽさを否定的に捉えた発言なのに、女自身が男に向けてそれを言うのは、おかしい気がしないか。
いやしかしこれは、男は男らしく、という考えに則って、男であるお前は女々しくあってはならない、という意味だと考えれば納得がいく。

逆に、「男々しい」という言葉もある。
これは、男々しく立ち向かう、とかいったように、勇気ある男らしいことを指す。
そこにはまったく否定的な意味は含まれていない。
となれば、男々しいはよくて、女々しいはいけないのであって、つまりこれは男尊女卑を如実に表している言葉だと言えるような気がする。

というようなことを言い出すと、これだから男は…とぶー垂れる女性がいそうだが、ある意味で男性のほうが女性よりも要求水準が高いということでもある。
すなわち、女は男を批判する言葉の持ち数上、一歩リードしている。
これは何も今に始まったことではなく、昔から男は女から品定めされるものなんだと私は考えている。

最近は男女平等が掲げられるようになり、男を立てるような女性は減ってきたかもしれない。
これは一見すると女性にとって素晴らしい時代になったと思われるかもしれないが、どっこい私はそうは思わない。

もっとも理想とされる男女の関係性は恐らく、バカな男を立ててやり、手のひらで転がす女、という構図だろう。
男は生来どうも頭がよろしくない。
なんというか、仕事は出来てもギャンブルに嵌ったり、何かにのめりこむ質である。
それは自らのコントロールが出来ないということだから、傍から女性が見守っててやる必要があるのだ。

その関係性が崩れた現代、結婚をしたがらない男性が増えている理由にも頷ける気がする。
もちろんそれだけが要因ではないが、ひとつの要素としては挙げられるんじゃないだろうか。

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