未来を予測するというのは難しい。
何より予測が怖いのは、それはあくまで予測でしかなく、想定された範囲内のことにしか対処できないことである。
予測は科学的な見方と深い繋がりを持つが、これは日常生活にも潜んでいる。
人を信じるとき、どういった観点でみるか。
ただこれだけのテーマも、ある意味で予測と言える。
話し方や、顔立ち、声を見てその人となりを判断していく。
そして信頼に値するかどうかを見分ける。
経験則として、こういう風な人はこういう傾向がある、ということはよく言われるが、その経験の中に含まれない人物がでてきてしまったとき、どうすればよいか。
それは誰にもわからないことだ。
ただ、予測を信じすぎると痛い目に合うことがよくわかる。
信仰や一貫した考えの恐ろしいところはそこである。
何か決まった方向性をもっているのは生きていく上で決断に迷ったときには役に立つ。
しかしそれは同時に、考えを狭めかねない可能性を含んでいる。
常に安寧を求めて思考を放棄してはいけない。
だが、必要以上に疑うこともまた、経験上の判断でしかないから、未知の事態に対して、フットワークを軽くしておくことが必要だ。
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