2013年3月17日日曜日

鬱は甘えか


やる気が出ない、倦怠感、何もしたくない…
鬱病、でしょうか。

現代は、新型鬱とかって呼ばれる、新たな鬱病が発生しているようで。
従来の鬱は行動全般にやる気が起きなくなる症状だったのに対して、新型は仕事とかだけ行きたくなくて、休日や趣味の時間はイキイキしてる症状を指すんですって。

そんなのが鬱であって溜まるか。

楽しいことはやりたいし、嫌なことはやりたくない。
当然でしょ。

そういう思考を実行に移す人たちは、楽しみのために仕事をしている、という感覚がないのかもしれない。
仕事があるからこそ楽しみがもてる。
じゃあ仕事も我慢して頑張ろう。
そういう思考になってないのかもしれない。

仕事が楽しくないのも問題だが、自分の生活をオンオフで考えすぎではないか。

某掲示板で「鬱は甘えか?」って議題が話合われていたが、どうだろうか。
私は甘えだと考えている。

例えば不細工や低身長に生まれたりしたら、それを人のせいにするか?
しないでしょう。

仮に人のせいにしたところで、何も解決しません。
だって、不細工だし、低身長だもの。

話の中心が鬱病になると急に、甘えかどうか議論しだすのは不思議な話で。
鬱だろうがなかろうが、世の中の役に立たないことには変わらない。
じゃあどうするか?立ち直る策を考えたほうが幾分マシである。

生まれ持っての性質を人に文句垂れたって、そりゃ甘えって言われます。
周りからしたら迷惑には変わりないもん。

そもそも鬱病が生まれ持っての性質かってのも問題ですが。
遺伝性の場合もありますからね、その場合は生まれつきですね。

でもね、だからって自分を責めていろって言ってるわけではない。
だって全部当人の責任かって言えば、ほんとのことを言えば、根源的にはすべて天運だからです。
皆、誰一人努力して生まれてきたわけじゃないもの。腹を痛めたのは親御さんであって、当人ではない。
だから、お前がうまくいかないのは努力が足りないからだ、なんて上から目線で軽々しく口にする奴はあほなんです。
じゃあ逆におめーは良く生まれてくるためになんか努力したのか、という話で。
偉そうなこと言ってる暇があったら親に感謝しなさい、という話です。

でもね、だからって卑屈になっていいってことではない。
本当に自分のためを思って言ってくれている人には、心の中だけでも感謝しなきゃいけない。

それに、すべてを天運のせいにするわけにはいかない。
だって、なんでもかんでも人のせいにしてたら、もう流されるままになっちゃうでしょう。

努力なんて意味ないかもしれないし、運命なんて決まってるかもしれない。
でも、そんなのは勝手な思い込みです。
そりゃなんでもできるってことはない。美女に生まれ変わるとかは無理。
でも、なんでもできないって思ってるとしたら、それは思い込みの可能性がある。
だから疑ってみるのがいい。
ちょっと人生生きたからって、全部分かった気になってやしないか、と。

私たちの運命がすべてを決定しているにせよしないにせよ、私たちは運命を切り開くために最善の努力をしなければならない。
なぜなら、私たちはどちらが真実か知り得ない以上、努力をしないという選択肢はありえないからだ。

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