2013年3月15日金曜日

死後の世界を信じるか?


天国と地獄って曲がありますね。
運動会の徒競走でよく流れてる曲です。
たしかに、トップランナーは天国、最下位は地獄なのかもしれない。


皆さんは、「死後の世界」って信じますか?

別にあるかないかを争点に激論を交わそうというわけではありません。
信じるも信じないも自由だし、見たことないので断言できないというのが公正な意見だと思います。

しかし見たことない人が大半なのに、その存在がまことしやかに語られているということは、ちまたで囁かれている死後の世界観は作られたものに違いない。

作られたからには何かメッセージがあるはずなので、読み取ってみよう。

まず天国というモデルから。
死後の世界をいい世界とすることの利点。
それは、死ぬのが怖くなくなること。

昔、お釈迦様が「生老病死」と語ったように、人生とは四つの苦しみで構成されている。
生きるのも死ぬのもまた苦しみ、ということだ。
ここで語られる死は死ぬ瞬間の苦しみのことだろうから、厳密には死後のことではないだろう。

で、何故死ぬのが怖いか。
それは、未知の世界だから。
生きていると、今までの経験からこれから起こることも、なんとなく予想が出来る気がする。
しかし、死ぬということはまったく経験がないので、生きるのと比べるとちょっと怖い。

つまり我々は生と死の幸福量を比較して生きている。
生に苦しみしか感じなくなったとき、死んだほうがましになって自殺する。

地獄というモデルはどうか。
地獄があると、悪いことがしにくくなる。
だって、この世が嫌になって、自暴自棄になったとき、「もう死んでやるーっ!!」ってなって、じゃあ思いきり周りに迷惑かけて死んでやる!!って思われたら困る。
だから、この世で悪いことすると、あの世で酷い目に遭うぞ、って言っておくと、思い切った行動に出られなくなる。
この世で憂き目にあっている人が自棄にならないためのストッパーなんだな、って思った。

心理学者の苫米地英人さんは、来世があると信じるのは危ないモデルだと言っていた。
何故かというと、輪廻転生の概念によって、カーストの制度がうまれるから。
生まれながらにして魂のレベルが高いとか低いとか言いだすと、上下関係が生まれちゃうし。

死後のモデルを想定するということは、死後にも自分の存在はあると信じることに他ならない。
それが上記のように役立つかもわからないし、役立たないかもしれない。

宗教が良い方向にいくのも、悪い方向にいくのも、教団の長次第ってこと。

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