2013年3月27日水曜日
妥協と恋
よく恋愛を語る場面で言われる、「理想が高すぎる」というトピックの話。
最近は娯楽が増えてきたし、夜中開いてる店も多い。
インターネットもあって、いつでも誰でも繋がることが容易な時代になりました。
そんな中で、特定の人と過ごす価値はどう変わっているんでしょうか。
テレビを見ていると、独身女性や草食系男子が増えてるとか言いますね。
もっと恋愛しないと!!って煽っているのをよく見かけます。
インターネット上では、「一人のほうが楽だから…」「面倒だし」という理由で、独り身の寂しさよりも楽さが勝つ人も増えているようです。
また、男女共に掲げる理想が高いというのもあるかもしれません。
何かしらに秀でている人はモテるし相手も選べるのでいい人が現れます。
けれど、他人より劣っている人は妥協するか、独り身を貫くかという選択を迫られます。
パズルのピースのように相性がピタリとハマっていけばいいのですが、現実はそううまくもいかないようですね。
さて、自分に自信のある人には関係ない話ですが、そういった選択を迫られたとき、あなたは妥協する派でしょうか?孤独と戦いますか?
どちらがいいとはいいませんが、私は考えてしまいます。
「自分に見合う相手だからこの人でいいや」という思考は、果たして恋や愛なのでしょうか。
一度好きになって恋は盲目になってしまえばそんな思案も必要ないのでしょうが、そんな機会に恵まれる人って多くはないような気もします。
じゃあ妥協して付き合う、くらいならいいですが、結婚とまで踏みきって幸せになれるかどうか。
結局の所、相手への尊敬がなければ尊重する心も生まれないと思うんですね。
なので気持ちを無理やりねじ曲げて、周りの目が気になるから妥協して結婚するというのは、なんだか違うように思うのです。
しかし、残念ながらこれは理想論ですね。
自分が尊敬できる相手というのは、得てして自分より上のレベルにいる存在ですから。
ぴったり合う相手なんてのは、なかなか見つかりませんね。
また、不景気による男性の収入低下も影響しているようですね。
年収300万以下は、結婚も望めないとか。
女性も人生がかかってるし、選びたくなるのは当然のことだと思います。
ただ、弱い者同士が力を合わせて生きていく、という発想にはならないんだなあって少し寂しくも思いますね。
共同生活で得する部分も大きいと思うのですが…自分の身に置き換えると弱腰になってしまいますね。
それだけ、自立した人間が少ないのかもしれませんね。
どこかで相手に頼っているというか。
もちろん頼ることも必要ですが、何事にも限度はありますからね。
かくいう私は、甲斐性なしの結婚考えられない派なんですけどね。
皆さん事情はあるのかなと思います。
ただ、個人主義もここまで進むと、少し心配になる部分もありますね。
私が甲斐性のある人間だったら、絶対結婚するんだけどな。
皆そう思ってるか(笑)
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