2013年3月11日月曜日

お守りを信じるか?


Q. あなたはお守りを信じますか?

私は信じません。気休めだと思います。
では質問を変えましょう。

あなたは事故に遭いました。
命を落とすことはなかったけれど、軽い傷を負いました。
そのとき交通安全のお守りを持っていた。

このとき、
「お守りをもっていたのに事故に遭ったのか」
「お守りをもっていたからこの程度で済んだのか」

お守りを信じているかという質問が、より具体化されましたね。

前者と答えるあなたはお守りを信じない派、後者なら信じる派。

では、信じない派だったあなたはお守りを捨てることが出来ますか?
出来るなら、あなたは本物。

お守りの効力のあるなしは、わかりません。
お守りをもっていたからこの程度で済んだのかもしれません。
わからない以上、もっといたほうが得ですよね。

だってお守りをもってたから助かったか、もってても変わらないのかどっちかですから。
あえて手放す理由はありません。

そう考えると、お守りってちょっとずるいと思いませんか?
そりゃ長年、文化として残るわけですよね。
論理的に追及できない以上、信じたほうが得なんだし。

こうして事実に解釈を後付けするやり方は、永遠に科学とは成り得ません。
論理的に「反証不可能(証明不可能)」であり、科学とは相反するものです。

かといってお守りすべてが嘘と断言はできない。
あくまで効力の測定が不可なのであって、無効であるとは言えないのです。

信じるかどうかは個人の自由ですが、客観的に信じるに足るかどうかはまったくの謎。
少なくとも上記のように後付け解釈が出来てしまう以上、都合よく捉えることも、悪くとらえることも可能です。

実はこれと同じ方法が話術にもあります。

コールド・リーディングというのですが、それについても記事を書いてるのでよかったら読んでみてください。

・追記
同じ内容が、「知性の限界」という本に載っていました。
科学と非科学の比較として、上記の例が挙げられています。
面白い本なので、おすすめしておきます。

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